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ひび写真とのお付き合い m2photoCLUB’s diary

こんな場所、あんな場所で素敵な日々の写真を撮影。気取らない写真とのお付き合いブログです。

フォトグラファーになる、広告写真第三歩目

広告フォトグラファーその三歩目

その二歩目は

m2photoclub.hatenablog.com

 

その一歩目はこちら

m2photoclub.hatenablog.com

 

目標の立て方。(私見)

僕がコマーシャル写真を目指したきっかけは

その1歩目でお話ししたようにY氏が「写真が上手くなりたい」

との一言でした。

発奮したのはH氏の「下手ですね、でも努力すればプロのは成れる」

でした。

 

10年後の自分像を考える

 

1991年に会社を辞めているのですが、その1年前の年末の時に

目標を考えました。10年後の自分を想像してみまのです。36歳。

ここF社で働いていたら、係長かな?課長かな?と当時26歳だった

僕はおぼろげに考えました。

 

同僚のY氏の心は東京で本格的に建築写真を目指す。と聞いていま

した。

僕がこのF社にいない場合は?...をシュミレーションしました。

10年も経てば、写真で独立だな。ではその半分の5年後は?

今から3年後は?助手は1~2年以内。3年経てば、どんな撮影

現場もきっと経験するので基礎が身につく。その中から、少しづ

つ自分ができる撮影を受ける。5年経てば応用の技術が身について

いる。もう就職はせず、助手をこなしながら基礎を3年以内に応用

が5年以内にできるようにする。独立となれば機材を買うお金も要

るし今できることは?とだんだん時間がすぐにでも独立に向けての

準備に必要と考え1990年の年末に行き着きました。

 

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1991年の年始で恒例の目標発表時に退社願いを課長に出しました。

今も10年目標は毎年、手帳に書き換えています。

その10年後の目標に到達するために5年後には何を、3年後は?

そして今年はその3年後の目標に到達するための準備は?と

具体的に落とし込みます。手帳はなるべく見返すように、耐久性

のいいタグを貼ります。

 

出来たこと、出来なかったことを赤で記します。

手法は具体的なことをなるべく書きます。お金のことも

自分の親の年齢も、子ども達の年齢も書きます。

 

無玄関 河内國平のブログ

が「金を残すは下、名を残すは中、人を残すは上」

と話されていたことが心に残っています。

大阪芸術大学で非常勤講師をモチベーションをもち取り組めるのも

この言葉が支えになっています。ここにこんな写真の話をするのも

ちょこっとは、意味がある気がしていますし、

公益社団法人 日本広告写真家協会

に入会していて、関西支部で運営委員を

勤めているのもそうかもしれませんね。

どんどん、フォトグラファーが登場してほしいですね。

 

年齢は関係ありません。前途APAの新人で僕より年齢が高い

方も毎年入会されます。年齢はその人物を表すものではなく

365日の積算物差し表現だと考えています。今から

www.cord.osaka-geidai.ac.jp

で通信教育学ぶなんてのもいいですよ